■なくてはならない存在であり排除されるべき存在
今でこそ日向坂出会いましょうを見る限り、全員が前に出て撮れ高を稼ごうとする姿勢が垣間見えるが、ひらがな推しの初回は多くのメンバーが受け身だった。これは、当時の欅坂46の冠番組である欅って書けない?の影響が悪い意味で大きかった。「永遠の二軍」の立場だった当時のけやき坂46からすれば、決してバラエティ番組に適性があるわけではない欅坂46が動かない中で縦横無尽に動くわけにはいかない。しかも、MC自体がそこまでアドリブに長けた人でも常識を壊せる人でもないので、自然と落ち着くのは当然と言えば当然だった。
そんな中でどの番組でも必ず目立っていたのが当時メンバーだった井口眞緒である。良くも悪くも規格外で、何の勝算をもってメンバーにしたのか審査員たちに問い質してみたいと今も思うが、井口眞緒の存在なしには今の日向坂46の発展はなかったと思う。そして、道半ばでスキャンダルを引き起こして辞めざるを得なかったタイミングはあそこしかないグッドタイミングだった。熱心なファンからすれば不愉快な考えかもしれないが、なくてはならない存在であり排除されるべき存在だったのだから仕方ない。
■なくてはならない存在だった時期
井口眞緒がなぜけやき坂46になくてはならない存在だったのか、それは良くも悪くも空気を壊せる存在だったからだ。空気が読める人なら、ここは出ないでおこうとか、ここが切り込むタイミングだとわかる。それに自信がないのであれば、前に出ても勝算がないと感じて控える。それが確実なやり方だが、井口眞緒にそんなものは関係ない。というより、結果的に目立ってしまうことが多く、それが異質に見えた。
切り込み隊長にしては覚悟がなかったと思うが、結果的に切り込み隊長となり、やりやすい環境が作られた。初期のひらがな推しは特に人見知りのオードリーから頼られていたように感じる。あいつに振れば何かあるだろうと言わんばかりに。オードリーのオールナイトニッポンに出演した時がまさにそんな時期。この時期には宮田愛萌と一緒にスナック眞緒をSHOWROOMで展開するようになる。
スナック眞緒はいい意味でキャラが出ていて、悪目立ちもなく、宮田愛萌とのコンビネーションもハマっていた。意外と人の話も聞けるんだと思ったものだ。このスナック眞緒がひらがな推しの中期で1つの軸となる。オードリーとメンバーをより近づけるような企画となっていき、多くの支持を集めることになった。井口眞緒の存在がなければ、きっとオードリーとメンバーの距離が近づくのにもっと時間がかかったはずだ。
ただ日向坂で会いましょうまで、ここまで番組が盛り上がったのは、制作会社のケイマックスの遊び心である。ケイマックスの日向坂愛よりもオードリー愛の方がとにかく強く、オードリーの情報をとにかく収集する。これに日向坂メンバーが食いついて、情報収集に余念がなくなる。それが結実したのがキン肉マン企画である。こうなれば進展は一気に深まり、面白い番組に段々なっていく。
皮肉にもこの時期から井口眞緒の存在はそこまで必要な存在ではなくなる。むしろ空気感的に団体芸をやっていこうという時にそれができない。だから、悪目立ちをしてしまう。単独行動は時に停滞感をぶち壊すが、そのほとんどは連帯感をぶち壊す。ダンスが下手すぎて逆に連帯感が生まれることはあっても、さすがに限度というものがある。
■排除されるべき存在へ
日向坂で会いましょうが始まり、団体芸的な雰囲気になっていくと井口眞緒の言動はとにかく邪魔になっていく。目指すべき方向性が明らかに違っており、思うような絵が描けない。この子は何色、あの子はこの色とみんなわかっていて、こうやって絵を描けばいいんだとみんなが分かっている中で、そうはさせるかと言わんばかりにめちゃくちゃなことをする。これははっきり言って邪魔であり、不必要にしか思えなかった。まだ何色かわからない時であれば、井口眞緒の存在はむしろプラスだったのだが。
加えて、日向坂46はアイドルグループとして邪道に見えてそれなりに王道である。キュン、ドレミソラシドと王道のアイドルソングが続く。センターには小坂菜緒がいて、金村美玖や丹生明里などが脇を固めていく。それを取り囲むようにこれまでセンターだった1期生たちが見守っていく。フレッシュな構図があった中で井口眞緒の存在はより異質となった。けやき坂46と日向坂46、中身は同じでもカラーは似て非なるもの。
本人はどこまで違和感があったのかはわからないし、なかったのかもしれない。しかし、男性との交際を始めてしまい、文春砲を食らってしまう。当初は活動自粛期間で反省して再び復帰を目指す意欲があったものの、それが萎えてしまったらしい。文春オンラインでは、プライベートの制限が理由の1つだったようだと書いている。アイドルになった人間ならば誰しもが感じることだろう。
また港区男子とかなり親しかったという記述もあり、ここ最近暴露系YouTuberのガーシーの話を聞いているせいか、なんとなくそのイメージが湧いてしまった。束縛が激しいというのは、井口眞緒の表の言動を見ているだけで理解できるし、そんなバカな!とは全く思わない。ちなみに井口眞緒がデートしていたのは2019年8月で、帽子にマスク姿は異質だった。今ならば帽子にマスクは全く異質ではない。
モチベーションが崩れてしまうのではないかと運営は危惧していると文春オンラインの記事のラストを締めくくっているが、日向坂46だけ、杞憂に終わった。井口眞緒の抜けた穴は正直大きくないし、穴を埋めるように3期生が入ってきてあっさりポジションをつかんでいく。バラエティ番組としての評価も高いが、そのきっかけは井口眞緒がいなくなったことだろう。
■井口眞緒は雑味である
自分はビールを飲むが、旨味と雑味のバランスがいいビールはおいしい。子供の時、ペロッと舐めてあんな苦いものを何で飲むのかと思った人は多いかもしれない。子供は苦味・雑味を好まないが、大人になると苦味・雑味をむしろ欲するようになる。しかし、苦味・雑味がメインではたまったものではない。サンマの内臓部分のように、多くの旨味とわずかな苦味・雑味があって満足度が高まる。
日向坂46における井口眞緒は間違いなく雑味である。まだ旨味がはっきりとしていない時期の雑味は貴重であり、味を引き立たせてくれる。むしろ雑味がないと味がぼんやりとしたままになる。井口眞緒はそういう意味で必要不可欠な存在であり、いなかったら日向坂46は存在しえたのだろうかと思う。ところが、旨味がはっきりとして味のバランスが良くなるともはや井口眞緒のような雑味は不要になる。いわゆるお役御免というやつだ。十分に職務は全うしたからあとは退くタイミングだけになった。
最後に強調して起きたが、自分は井口眞緒の存在を否定する気は全くなく、むしろ井口眞緒なしに今の日向坂46は存在しえなかったかもしれないと思う。そこをはき違えると、単に井口眞緒が嫌いだっただけに感じる。でも、あの下手すぎるダンスが逆に味わいであり、至近距離で必死に余裕なしに踊るダンスが愛おしく感じた。心から応援してあげたいと本当に思っていた。それでもバラエティ番組では余計に思えた。この感覚を理解できない人をナンセンスだとは一切思わないし、自分が変わっているだけだと言われても、強くは否定できない。
少なくとも言えるのは、井口眞緒がいなくなったからパワーダウンをした事実は全くない。定期的にメンバーが長期休養をしていくので、誰かが欠けた状態での収録が常態化している。収録のタイミング次第では、佐々木久美も加藤史帆も富田鈴花もいない時があるが、誰かが補う。ゆえに収録は円滑に進む。1人1人に実力とパワーがつけば、もはや団体芸すら必要なくなる。
井口眞緒は最高のタイミングでスキャンダルに巻き込まれ、これ以上ないタイミングで辞めた。もし今もメンバーを続けていたら果たしてファンが現在抱くイメージのままで済んでいただろうか。OLは長続きしない、タレント活動もさほどハネないとパッとしない時期が続き、現在は結婚している。子供との距離が近いお母さんなんだろうなというのは想像に難くない。でも、そういう人間が幸せをつかむのだろう。
そして、日向坂46のスキャンダルは井口眞緒以降全く出ていないのが本当にすごいことだ。3年間何1つスキャンダルが出ていない。ガーシーですら日向坂46の情報は全く持っていないという。本当に異質だったのは井口眞緒ではなく日向坂46だとしたら、アイドルグループとしてなかなかない道を歩み続けられるのは納得である。

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