メンバーから発する「悔しい」はパフォーマンスに過ぎない

■松村香織という人

今はどうか知らないが、10年ぐらい前のSKE48はブログを書く場所がかなり用意されていた。選抜に入ればアメブロで書けるし、SKE48のサイトでブログを書けて、当時Googleが立ち上げていたGoogle+にも文章の投稿ができた。ところが、研究生の場合、この機会が限られており、Google+が出るまでは週に1回程度回ってくる研究生ブログしかなかった。先日結婚式を挙げた松村香織は、研究生ブログの順番が回ってくるととにかく長文のブログを研究生ブログに載せていた。

松村香織は研究生・正規メンバーに関係なくGoogle+に参加できるのを活用し、必死にアピールし、それが功を奏して2012年大きく飛躍した。そんな彼女でも時折悔しいというメッセージを発している。動画が使えるので、泣き腫らした様子を見せて、正規メンバーになれない、選抜に入れないなど色々な悔しさを出してきた。

メンバーから「悔しい」という言葉をファンは出させようとする。特にAKB48で総選挙があった時は、ファンたちが「悔しい」という言葉を聞くことで、トップギアに入れていた。このために生命保険を解約し、車などを売る人もいた。今問題となっている例の団体と何が違うのかと個人的には思わざるを得ないのだが、「悔しい」というワードはそれだけ魔法のワードなのだ。

■悔しいという言葉

しかし、メンバーが発する「悔しい」という言葉は、ほとんどがパフォーマンスではないだろうか。坂道グループでも新しいシングルの選抜発表・フォーメーション発表があった時、3列目ぐらいのメンバーたちが盛んに悔しいと言い始める。ただどうだろうか。悔しいと言い続けてきたメンバーたちはセンターを含めたフロントメンバーにバンバン入ってくるだろうか。もしかすると単発で入ることはあるかもしれない。しかしながら、常態的にフロントメンバーに入るケースはほとんどないはずだ。

なぜアイドルたちは悔しいと言わざるを得ないのか。そのほとんどは運営からの叱咤を受けて言わされているからだ。例えば日向坂46の場合、3期生を中心に悔しいというワードが飛び交っているが、おそらくフォーメーションの発表の際に4期生の存在をちらつかせているのは目に見える。このままでは4期生に埋没するぞぐらいの発破はかけられている。もっと煽るのであれば、「3列目にいる人間は努力が全く足りていない」とでも言えば、命令しなくたって、ブログに悔しさをにじませるはずである。

あとはレッスンなどで振付師などに厳しく指摘された時だろう。振付師という仕事をしていて、人格者を見つけるのは大変なくらい、まず喜怒哀楽が激しくわがままが多く見受けられる。ダメなものはダメ、自分の言うことを完璧にこなす人しか可愛いとは思えない人間たちだと思っている。ダンス教室に行くと、それをより醜くしたやつらがダンスを教えている。自分は宗教じみたことが嫌いだが、軍隊じみたことも大嫌いである。それはさておき、アイドルが悔しいと感じる時はそんな時ぐらいだろう。

■悔しいからと心を入れ替えてもさほど意味はない

中には、悔しい気持ちをバネにして頑張るメンバーもいるだろう。しかし、それでセンターの座をつかむメンバーは元々センターの素質があった人間である。元SKE48の松村香織の場合、熱烈なファンを確保して総選挙で16位以内に入ったことがあるが、それをきっかけにSKE48の選抜にずっと選ばれ続けることはなかった。単発で選ばれることはあっても、常に選ばれ続けることはない。後先がないメンバーより未来のあるメンバーが優先されるからだ。

この光景は様々なところで見られている。乃木坂46の2期生だった新内眞衣は選抜の常連にはなったが、3列目ばかり。ラジオなど仕事ぶりだけを見れば十分に頑張っていると思うが、結果的に厚遇されることはなかった。いや、選抜に入ること自体が厚遇だったかもしれない。乃木坂46は早々に序列が決まり、その序列からひっくり返ることはない。それがあるとすれば、期待されていたメンバーの素行不良やスキャンダルによる自滅による順位変動だろう。

つまり、悔しいと発したところでいくら心を入れ替えて頑張っても、ほぼ意味をなさないのである。そして、自分がセンターにふさわしくないことぐらい、自分が一番わかっているはずである。だから、センターやフロントメンバーレベルのポテンシャルがある人が発する「悔しい」と3列目維持が関の山のメンバーが発する「悔しい」の価値は雲泥の差。あとは握手会などの売上を高めるために、言わされているだけだと思った方がいい。

再三松村香織を例に出して申し訳ないが、彼女の場合、SKE48の中でダンスはさほどうまくなく、評価は低かった。おそらくGoogle+がなければ、誰の記憶にも残らず活動辞退に追い込まれていたはずである。松村香織は努力でそれをひっくり返した。故意的にじらされた部分もあったが、研究生からの脱却も果たしている。でも、「悔しい」の価値はダイヤの原石たちのそれよりかなり低い。それだけ「センター候補生」の価値がありすぎるのだ。

■センター候補生ではないと突きつけられた時に

日向坂46の2期生や3期生たちが悔しいと発するのを見ていると、個人的には言わされている感を覚えてしまう。本気で思ってないんでしょ?とは一切思わないが、センター候補生の扱いを受けている自覚なんかないでしょ?と強く思う。野球でも4番を並べれば勝てるはずがないのは当然で、誰かが献身的な役回りをするから4番が生きるのである。スーパーサブがいぶし銀の活躍をするからつながりが生まれ、ここぞの時に4番が決めて勝利につながる。

4番で活躍しようが、8番で献身的な仕事を余儀なくされようが、ビハインドの場面ばかりで登板しようが、フォアザチームを考えれば誰1人欠けるべきではなく、みんな揃って初めて優勝できる。これをアイドルグループに置き換えると、センター候補生ばかりでは成り立たないことを意味する。言うべきことを言う人もいるだろうし、そのケアが上手な人もいるだろう。これらはセンター候補生がやるべきことではない。スーパーサブのメンバーたちがやるべきことである。

どのアイドルグループにも言えるが、このポジションをつかめば、少なくとも「あいついつまで居座っているんだよ」とは言われにくくなる。それだけ重要なポジションである。そして、それなりに外仕事をこなしていれば、十分立派な活動であり、努力不足だとは思わない。そこを10代の女子、しかも、素人時代は可愛い可愛いとチヤホヤされているお山の大将だった女の子に、泥水を啜るべきだ!とか献身的にサポートに回れ!といったところで屈辱的な部分が強い。

悔しいというメッセージは、センター候補生ではないことを突きつけられ、泥水を啜るべきかどうかを自問自答して発せられたものではないだろうか。センターやフロントメンバーとして扱われる人たちは、その少し前から冠番組での出番が増え始めているものだ。そんな兆候もないのに、扱いが悪くて悔しいと言うのであれば、アイドルの世界でなくても活躍できず、致命的な失敗をしないと物事を理解できない人間ということだろう。

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