櫻坂46は憎悪を乗り越えた絆を持つべきだ

■ドラフトは本当に大事だ

櫻坂46はもはや1期生の出番よりも2期生の出番が目立ち、坂道研修生たちも主力の扱いとなっている。だったらなんで合同オーディションで見抜けなかったのかという疑問が湧くわけだが、それは野球のドラフトと同じだろう。高校では見抜けなかったが大学で花開いたパターンもあるし、社会人野球で悪い部分が修正されることもある。高卒でプロになったところで即戦力になれるのは限られているし、即戦力で活躍できてしまうくらいに人材不足だったことを恥じた方がいいかもしれない。

ドラフトは本当に大事で、横浜DeNAベイスターズはこのドラフトを10年以上失敗続けた結果が長い暗黒時代につながっていく。特に21世紀に入ってから2011年までの横浜のドラフトは酷すぎる。逆指名は外し、自由枠で獲ればどこかに行き、使い物にならず、下位指名からも結果を出す選手が出てこない。これでは勝てるはずもない。ドラフトが機能していないのだから。

TBSからDeNAになってからも失敗はあったが、そこから立て直し、今では毎年成功している。特に昨年はドラフト2位で牧秀悟を獲得でき、1位の入江大生も厳しい場面で気迫の投球を見せ、勝ちパターンの投手になろうとしている。1年目は活躍し2年目で沈む選手が目立ってきたが、そのパターンも脱した横浜は、あと経験さえ重ねれば優勝も見えてくる。そう5年ぐらい思っては裏切られたが、今度こそ信じてみたい。

櫻坂46に話を戻すと、いい意味で2期生と坂道研修生組が機能している。わずか1人だけガーシー砲を食らってしまった元メンバーはいたが、それ以外は至って順調と言える。ちなみにガーシー砲を食らった元メンバーだけが運営から当初から干されていたが、干されるのには理由があることを改めて思い知らされた。

■櫻坂46は中途半端な立ち位置にいる

櫻坂46に関しては、平手友梨奈がいなくなり、改名をした時点で1期生の役目は終わったようなものだ。もし改名をしていなければ欅坂46イズムとは何ぞやを叩きこんでいく必要がある。アイドルとしての振る舞いは二の次、パフォーマンスさえ頑張っていればいいという雰囲気になるだろう。まして平手友梨奈がいれば、自然とその雰囲気になっていく。まぁそんな環境だったら平手友梨奈ではなくとも、人間、勘違いを起こすものだ。

しかし、櫻坂46になったのならば欅坂46の歴史を全否定して一新しないと改名の意味がない。世間一般で認知を獲得するのは難しい。握手会でしこたまつぎ込んでようやく覚えてくれる認知だが、世間一般は注意深く情報を得ようとはしていない。だから、櫻坂46の認知度は低く、欅坂46の認知で今もいる人は少なくない。タイトルから遠ざかって久しい羽生善治九段をいまだに羽生名人と呼ぶ人もいるが、それが認知というものである。

いわば櫻坂46は中途半端なポジションにいる。パフォーマンスにもアイドル活動にもどちらも中途半端な力の入り方になっている。2期生以下はアイドル活動にも力を入れているからこそ、田村保乃を始め、色々な場に呼ばれるようになっている。1期生はいつ辞めるかと時期を探っている状況にしか見えない。原田葵が某テレビ局のアナウンサーの内定がもらえるような状況だから、先のことを考えるのが普通である。しかし、この次を狙っていくのが1期生は非常に難しい。

■ゆかいな仲間たちから憎悪を乗り越えた絆へ

欅坂46の1期生は平手友梨奈とゆかいな仲間たちにおける、「ゆかいな仲間たち」に過ぎない。日向坂46のように全員が「ゆかいな仲間たち」であれば問題はないが、強大な存在がいて、その下にいる状況はあまりいい状況ではない。その象徴がW松井がいた当時のSKE48である。一時はAKB48を超える勢いを見せていたが、いつの間にか単なる地方アイドルグループになり下がる。これはW松井があまりにも強大すぎたこと、4期生以降がコケにコケていったことが大きい。

ゆかいな仲間たちはあくまでもゆかいな仲間たちであり、スターは出てこない。これは日向坂46にも言えることだが、カリスマ性のあるメンバーがいないとなかなかグループとして突き抜けないものだ。きっと乃木坂46は中西アルノを筆頭にカリスマ性のあるメンバーをなんとかピックアップしようとしたのだろう。ところが、出鼻は挫かれた。中西アルノのデビュー前のことは些末なことだと言われるには、まだカリスマ性が足りないし、残された時間はあまり長くはない。

今の櫻坂46は現状だと「ゆかいな仲間たち」路線を歩んでいるが、それでも1期生が出てこないのはゆかいな仲間たちではなく、「不愉快な仲間たち」だったのかもしれない。例えば全盛期のモーニング娘。のように、憎悪を乗り越えた絆がパワーとなればいいが、憎悪が憎悪のままになっているような状況だ。

よくメンバー間の関係性がいい時、仲良しクラブじゃねぇんだよとその関係性を否定し侮蔑する言葉をぶつける人がいるが、それは当人が嫉妬しているか、単なるひねくれ者か、憎悪を乗り越えた絆というものを知らない人だろう。実は1998年の横浜ベイスターズの選手たちも、憎悪を乗り越えた絆を持っている人たちである。そして、OBたちは一様に古巣の横浜を持ち上げようとしない。

2022年6月、きつねダンスだけが一世を風靡する札幌ドームにおいて、中日の波留コーチが円陣を組み、選手たちを叱りつけるように気合を入れていた。彼もまた1998年の横浜のメンバーである。立浪監督もきっと憎悪を乗り越えた絆を選手に求めているのかもしれない。ただ憎悪を乗り越えた絆は1つの方向性をブレずに示し、みんなで同じものを見ていないと完成しない。根尾昴の起用法がブレるような監督の下では憎悪を乗り越えた絆は生まれるだろうか。

■櫻坂46が憎悪を乗り越えた絆を持つためには

櫻坂46が憎悪を乗り越えた絆を持つには、1つのはっきりとした方向性を持つ必要がある。欅坂46の楽曲を封印して櫻坂46の曲だけで勝負する、日向坂46より序列が下がるなどの屈辱がまずなければならない。現状、リニューアルがあっても櫻坂46は日向坂46より扱いは先輩であり、小林旭よろしく、昔の名前で出ています的な状態である。これではメンバー共通の憎悪なんか生まれない。日向坂46なんぞに負けてたまるか!とみんなで思えれば、きっと櫻坂46は1期生を含めて躍進していくだろう。

90年代は何かと、これができなきゃ解散みたいな手法がとられていた。ASAYANで、モーニング娘。や太陽のシスコムーンなどが何位じゃなきゃ解散みたいなことをやっているし、ウリナリでは、ポケットビスケッツが新曲を出すために、これだけの人から署名を集めなきゃダメみたいな企画をやっていた。これらもある種の共通の憎悪である。その最たる例がAKB48の選抜総選挙。

今はおバカタレントとして活躍する元HKT48の村重杏奈は、速報順位で圏外だったこともあり、宮脇咲良などに悪態をついていたことがHKT48のおでかけで暴露されていた。その直後に文春砲を食らっていたのが面白いのだが、これもまた憎悪を乗り越えた絆になっていく。全員選抜の日向坂46ではきっと憎悪は生まれない。だから突き抜けたパワーも生まれない。全員選抜でなくなったら日向坂46は終わるというが、その程度のグループだったと言われたら何も返せない。

競争はなぜ必要なのか、それは憎悪を乗り越えた絆を得るためだとすれば、競争は必要なんだと思う。もちろんメンバーたちの「共通敵」がいなければ話にならない。今の櫻坂46にはその共通敵がいない。それがいまいちパッとしない要因ではないだろうか。ただいくらでも共通敵は作り出せる。日向坂46の格下という屈辱的な状況を運営が作るほかない。

アメリカが何かと共通敵を作り出していくのも納得である。多種多様な人種がいて、自由が尊重されると共通敵なしにはまとめられない。共通敵がいないから分断されてしまうのだ。それはアメリカでも日本でも。櫻坂46が共通敵を見つけられれば面白くなる。身近にいるのだから利用すればいいのに。

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