■コロナは真の本性を出させる
コロナの話になると、急に話が通じなくなる人が出てくる。ワクチンを打つ打たないもそうだが、コロナはただの風邪だと言い張り、マスクすらつけようとしない。何か意地でもあるのか、鼻マスクを改善しない人も多い。自分の偏見であってほしいが、鼻マスクをする人間に謙虚な人間は1人もいないと思っている。私は謙虚な人間ではありませんと鼻マスクsにすることで宣言してくれているのだろうか。だとしたら、色々な意味でありがたい。
コロナワクチンをいまだに1回も打ってないという人に出くわす機会が自分は多い。若い人もそうだが、それなりに年齢がいった人も1回も打っていないと口にする。理由は様々で、日本製のワクチンが出ない限り打たないと豪語する人もいれば、インフルエンザワクチンで副反応が出たので怖くてコロナワクチンを打てない人もいる。あとは副反応が嫌だという人もいた。
自分は1回もワクチンを打たない人を尊重したいと思っている。1つはワクチン接種は強制ではないこと、もう1つはその人の自己責任であること。自分で全責任を負えるのならば、自由を謳歌すればいい。ワクチンを打たないことで重症化になったとしても、今までの自分の判断は正しかったと言えるのであればそれはそれで生きざまの1つである。しかし、この手の人間ほど感染してから後悔するものだ。
コロナはその人の本性を出させる。幸いコロナを理由に人間関係が壊れた経験はないが、知り合いには壊れてしまった経験を持つ人もいるようだ。自分の場合、友人と会う機会が激減した。元々出不精、人混み嫌いだから激減してもそこまでなんとも思わないが、他の人たちは必死にコロナ前の状態に戻ろうとする。それがあるべき姿かもしれない。でも、自分はコロナ前も出不精、人混み嫌いなので、これはこれであるべき姿なのだ。
■ウイルスは忖度をしてくれない
先日、オタクの人と話をしていたが、日向坂46はいつも大きなイベントの後にコロナになるという話になった。東京ドームでは大多数がコロナに倒れ、ケヤキフェスでは東京ドームで無事だったメンバーがきれいにコロナになり、佐々木美玲と小坂菜緒が2回目のコロナ感染となってしまった。感染してから半年ぐらいは大丈夫と思っている人が結構いるが、免疫力が落ちてしまうと関係ないかもしれない。
日向坂に関してはコロナで中止にする選択肢はなかっただろう。東京ドームもケヤキフェスも状況的に危うかった。とはいえ、運営側にも実入りの問題がある。金を稼がなければ組織として立ち行かない以上、突っ込むしかない。いわばメンバーの健康より金をとったのが運営である。その結果、メンバーをコロナにさせて、自分たちはちゃっかりと資金を回収したわけだ。
最悪だったのは櫻坂46である。クラスターのような状態となり、結果的にケヤキフェスへの参加ができなくなった。資金回収もできず、メンバーはコロナとなり、そのダメージは相当大きいだろう。ウイルスは忖度をしてくれないから、櫻坂46の置かれた立場だとか、卒業の花道を用意しているとか、そんなもんはウイルスは知ったことではない。ウイルスを前にしたら人類は平等なのだ。
何でもかんでも中止にすることがプラスに働くとは思っていないが、かといって、実害を出す意味も自分にはわからない。もしメンバーがコロナの後遺症になったら、運営は責任をとれるのだろうか。後遺症になっても構わない、その時は責任を取るからライブをやらせてくれ!と懇願すれば別だが、そのようなセリフが吐ける人はおそらくお調子者だろう。
芸人の東野幸治が新型コロナウイルスの感染が発覚する直前ぐらいに、ワイドナショーに出演し、その回に出演した芸能人が相次いで感染する出来事があった。芸風的に意外だったのは、自分のせいではないかと罪悪感を感じ、その時出演していた芸能人たちの番組にゲスト出演をしていったこと。おわび行脚と称されているが、禍を転じて福と為すという感じとなり、それはそれでよかった。これくらいがちょうどいいのかもしれない。
■コロナを機に異文化交流のようなことがあってもいい
日向坂のグループ内でクラスター状態になった時、日向坂で会いましょうは総集編になった。どうせだったら、残されたメンバーに乃木坂や櫻坂のメンバーを加えて収録してもよかったのではないだろうか。制作会社が同じなのでそんなに障壁はないはずだ。もちろんハレーションはえげつなく、人見知りのMCがうまくさばけない面もある。さらに櫻坂46の番組はさほど面白くないから、入れてくれるな!という部分もあるだろう。何より日向坂メンバーが恐縮する光景が容易に浮かぶ。
でも、日向坂で会いましょうに出たら意外と面白いメンバーが見つかるかもしれない。バナナマンですら万能ではないし、ボキャブラ芸人だって色々錆びついてるわけだから、良さを引き出せていない可能性もある。新たな一面が見れたらそこが突破口になる可能性だってある。だから、異文化交流の回があっていいし、コロナを理由にすれば文句もそこまで出ないはずだ。
面白いことはイレギュラーな状態で起こりやすい。たまたまが重なって伝説が生まれることもよくある。マイナスも大きいかもしれないが、イレギュラーでカオスな状態を作り出し、そこで面白さが出てくればいいのではないだろうか。オタク同士のハレーションはあるかもしれないけれど、それをも利用しようという気概が欲しいものだ。
最近思うのは、人畜無害な番組しか作らないテレビが、誰がどうみても有害な個人・団体と対峙できるのだろうかという疑問である。激辛料理が出てきてもできるだけ辛いとは言わないでほしいという指令が入るそうだ。オードリー春日がスッキリに出た際、タコ漁に出て、タコに顔をつけるシーンがあったが、あれですら食べ物を粗末にするなとクレームが入るそうだ。じゃあ清川虹子の宝石を口に入れた高田純次はどうなるのだろうか。
スッキリでふなっしーが初めて登場した時、加藤浩次と相撲をとり、加藤浩次がふなっしーを思いっきり投げるという場面があって、それがものすごく面白かった。今だったらクレームの嵐だったのだろうか。ハレーションを怖がってるテレビマンが一番の有害ではないかと思う。怖がっていないのならば、乃木坂と櫻坂と日向坂で交流していく番組があってもいいと思うのだが。
■何事もピンチだけでは終わらない
昔、「ピンチはチャンス、リカチャンス」という自己紹介をするアイドルがSKE48にいた。ピンチはピンチのままでは終わらない。ピンチをうまくシャットアウトしてチャンスの糸口を作り出すこともできる。万が一ピンチをさばけず大打撃を負っても、死ぬまでピンチは続かない。どこかでピンチは終わり、地道に続けていけばチャンスがいずれ巡ってくる。ピンチは怖がるものではない。チャンスを作り出す局面なのだ。
日向坂46も櫻坂46もどうかピンチをピンチと思わないでほしい。チャンスを作り出せるチャンスだと思ってほしい。乃木坂46を見たら、新たなセンターがピンチになっても、それをなんとかチャンスにしようとしているではないか。ひょっとすると長引くかもしれないけれど、生意気な態度を出さずに我慢していたら強烈な追い風が吹き荒れるはずである。個人的には新しいセンターさんは櫻坂46の方が合っていると思うが。
ピンチをピンチとして扱うって実はつまらないことで、いかに乗り切ってチャンスを作り出せるかを考えることが大事ではないだろうか。人畜無害は毒にも薬にもならない。やるならば離反覚悟で思いっきり暴れ倒してほしい。カオスが一番楽しいのだ。カオスを楽しめる人はコロナもうまく乗り切れるはずである。怖がることなんて何もないのさ。

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