■ファンの中にある恐ろしい気持ちとは
色々なアイドルのファンブログを見ていると、たいていの場合、メンバーを激賞、溺愛する内容になっている。一部で強烈な不満を、理不尽的にぶつけるようなブログもあるが、そのほとんどは絶賛しかない。是々非々で対応しているブログは数えるほどしかないと「推測」するが、膝を打つような批評的でフラットなブログにお目にかかったことがない。このブログは少なくともその方向性を目指しているが、これがなかなか大変なのだ。
過去に別のアイドルグループで同じ方向性のブログを運営したことがあるが、気づけば自らが過激な批判を繰り出していた。事実をベースに、過去の発言を踏まえて論理的に書いていったが、地雷という地雷を踏みに行くことになる。ちなみに日向坂46関連で1回地雷を踏んでからは表立ってセンシティブなことは言わないようにした。それはなぜか。「信仰心」の恐ろしさを感じたからだ。
今回「信仰心」という言葉を使うが、ここから先、特定の団体をどうこう言うつもりも全くなく一切触れない。あくまでも何かを無批判に盲目に信じ続ける気持ちを「信仰心」と置き換えて書いていく。自分は本当に信仰心がないので、現状何も信じていない。自分のことすら信じられず、データや傾向しか信じないようにしている。だから、信仰心が強い人間に対して基本的に警戒心が強い。
■強制された忠誠
信仰心の醜さは、愛する形を強制する点において噴出する。100%の力で愛することが奨励され、万に一つでも疑問や猜疑心をもって対応することはけしからんとされている。これがグループ全体への信仰心を持つ人であれば、特定のメンバーだけにその信仰心を持つ人がいる。これが非常に厄介で、グループには強い猜疑心を振りかざすクセして、自分の推しに対しては一粒たりとも批判を許そうとしない。自分勝手としか言いようがなく、周りにいる人間やその人物に推されるメンバーは不幸である。
自分は誰に対しても距離を置く人間なので、48グループの生誕委員になりたいなど全く思ったことがないが、生誕委員を務める人にも100%の愛で忠誠を誓わせる人もいる。全員がその忠誠心ならいいのだが、基本的にオタクは自分勝手なので、そう長くは続かない。すると、仲違いを起こし、握手会にすら足を運べなくなる状態になることもあるらしい。
生誕委員として活動した人が意外と周りにいるので、勉強のために話を聞かせてもらうことが多い。すると、特定のメンバーを応援しているはずが、いつの間にか熱量にあふれるオタクを除外しようとし、自分の王国を築こうとする人が意外と多いらしい。みんなで手を取り合って応援していこう!という気持ちはどこへ消えたのか。このレベルですら派閥争い的なことが起きるのだから、政治の派閥争いをとやかく言える人はそう多くはない。
熱量の高い人同士ですらちょっとしたことでいがみ合いが起きるのだから、アイドルを好きになり始めた人がこの中に入っていくのは恐ろしさすらある。無策に飛び込めば、いいように使われるだけではないだろうか。
■泥水を啜ってまで普及しようと模索する人は少ない
いかにアイドルファンを増やしていくかはどのアイドルにとっても永遠の課題であり、メディアがもたらした負の遺産があまりにも大きすぎてどうにもならない。自分自身の考えだが、アイドルを応援することは野球チームを応援することとさほど変わりがなく、本来は軽蔑の対象ではない。個人的に言わせてもらえば、野球ファンもアイドルファンと同じ部分があり、人間の嫌な部分が結構出やすい。野球とアイドルの親和性を強く感じさせる。
でも、野球チームを応援して全国を遠征しても、熱心だね!と言われることはあっても気持ち悪いと思われることはまずない。ところが、アイドルグループを応援して全国を遠征した場合、熱心だね!と言われることは少なく、内心で気持ち悪いと思われるケースがほとんどだ。個人的な強い偏見であって実際はそうではないと自分も思いたいが、どうにもこうにも肌感覚的に、残念ながら偏見ではなく事実のように感じる。
いまだにオタクといえば、シャツをズボンに入れ、メガネをかけ、リュックを背負い、アイドルを追いかけ、サイリウムを持って「萌え~」と言っているイメージが強い。今の秋葉原だと数える程度しかいないのではないか。確かに平成初期にはいたかもしれないが、そのイメージが根強いとすれば、メディアの影響、平成初期にあったオタクが犯した猟奇的な事件など、色々の影響だろう。
なんとかその偏見を乗り越えても、今度はねじ曲がった信仰心を持つオタクにつかまる。ステレオタイプのオタク以上のキャラであり、この時点でドン引きする人がほとんどだ。すそ野なんか広がるはずもなければ、実はオタクにとってファンを増やそう、普及しようという気は一切ないと考えた方がいい。なぜかといえば、相手の立場を一切考慮しないからであり、他人への興味がないからである。
何が何でも自分の野望を果たすために、時に自分が良しとしないことまで受け入れなければならない。屈辱的な気持ちになりながらも泥水を啜ることは必要であり、それが本気度を示す。なぜ日本の野党の声が多くの人に響かないかといえば、早い話が、泥水を啜ってまで実現させようという気がないからである。時に屈辱的な立場になってでも実現のために奔走する姿さえ見せれば、流れは変わるだろうといつも思うのだが、プライドの高さが邪魔をしているようだ。
これは政治に限った話ではない。アイドルに限らず、野球や競馬など普及の観点で考えると、泥水を啜るという観点が消えている。特にオタクは絶対に泥水は啜らない。理由は簡単で、数少ない余暇、数少ない息抜きできる趣味において泥水を啜るメリットはないように見えるからだ。結束力はなく、何事も冷笑的、長いものに巻かれて、ただただ与えられたもので一喜一憂するだけだ。これが普通ではないだろうか。
■日向坂46の試練は今始まったばかり
日向坂46が一応まだ勢いがあり、ライト層の流入は続く。しかし、その多くは離反してしまうだろう。おそらく2023年末まで卒業ラッシュが巻き起こり、日向坂46は終わりの始まりに入ったと思われる出来事が続く。そもそも多くの人が知るようなヒット曲がないし、世間一般に知られるメンバーもほとんどいない。一部のバラエティー好きな視聴者であれば何人か知っているだろうが、結局その域を出られない。
日向坂46の不幸はもう一段と成長しようかというタイミングで新型コロナウイルスが襲い掛かり、超多忙なスケジュールで主力メンバーが休養を余儀なくされたことだ。これがなければ少なくとも櫻坂46の存在感を今よりも薄くすることができたはずである。日向坂46のメンバーは礼儀正しく現場スタッフの受けはすこぶるいい。しかし、その恩恵は、この現場スタッフたちが責任を持ち始める時代になってからで、あと5年ないし10年はかかるだろう。そのころには今の日向坂46とは結構違うグループになっており、あの頃が良かったと言われているのではないだろうか。
けやき坂46時代も入れれば5年以上活動をしている。日向坂46になってから3年、もうスタートアップの時期ではなく、安定期に入ろうとしている。アイドルグループにとっての5年はかなり今後を左右するタイミングである。乃木坂は結成5年のタイミングで、1期の主力メンバーが卒業して3期生が入ってきた。1期が築いた財産で翌年までどうにかなったが、3期以降がそこまで増やせなかった。ゆえに2019年以降乃木坂はどうした?という声が出始める。
ただ乃木坂はまだ可愛いもので、櫻坂46に至っては欅坂46の結成5年のタイミングで櫻坂46になっている。それ以降の展開は今更語るまでもない。ある意味日向坂46は過渡期であり、1期や2期が作った財産を、いかに3期や4期が増やせるかにかかっている。つまり、今後3期や4期を積極的にプッシュする時代に突入するはずだ。だとすれば、離反がそろそろ起こり始める時期であり、日向坂46は終わりの始まりを迎えたという言説が出始めるころである。
ファンはあんな感じなので信用できないし、泥水を啜ってくれない。だとすれば、メンバーが泥水を啜らないといけないように思う。1期や2期は満身創痍の状態で、卒業ラッシュに入ればかなり激しく入れ替わりが起きるだろう。そうなる前に明るい未来を描かなければならない。まずは4期生にしょうもないしくじりをするメンバーが出ないことを期待するばかりだ。

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